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蒔田町(近代)


 明治44年~現在の町名。はじめ横浜市,昭和2年同市中区,同18年からは同市南区の町名。同3年一部が花之木町・宿町・宮元町・共進町・榎町・中島町となり,南吉田町の一部を編入。一部が同10年堀ノ内町・東蒔田町・睦町,同42年榎町・堀ノ内町,同44年大岡1丁目となり,同年大岡町の一部を編入。人口は,明治44年1,152,大正12年末1,520,昭和4年末4,889,同22年10月2,124,同30年10月3,022,同40年10月4,800(この頃がピーク),同50年10月4,228,同57年末3,902。明治44年工場招致のため市税免除地域に指定,同年山室工場(麻真田),横浜常設家畜市場,翌45年羽山製紐工場,野口製紐工場などができる。大正2年10月横浜勧業共進会を開催,会場面積約2万4,000坪という大規模なものであった。市電は共進会場前の「お三の宮」までが同年9月開通,翌10年9月弘明寺まで延伸。同12年関東大震災では,大岡川沿いの平地の被害が大きく8分通りが火災にあう,町全体では焼失家屋2,118戸・残存家屋753戸。震災後の復興事業として,街路の整備(国執行阪東橋弘明寺線,市執行南太田蒔田線)や土地区画整理(昭和3年花之木町ほか)が実施された。大正13年日清製菓創業。大正5年私立横浜英和学校が山手より移転,昭和14年成美学園と改称。同22年成美中学校,同23年成美女子高校開設。同26年蒔田小学校開校。同35年南竜幼児園認可。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7305059