下保内(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ保内村,明治34年大崎村,昭和29年からは三条市の大字。明治42年植木生産農家の発展と販路拡大のため,保内園芸組合設立。大正3年東京大正博覧会に出苗し,銀牌を受賞。同6年の杉苗・桑苗・柿苗・黒松などの販売額は4,675円に達する。昭和29年の世帯数150・人口977。同48年の保内園芸組合員数は,植木専業農家17戸,造園業13戸を含め126戸(大崎村誌)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7310820 |
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明治22年~現在の大字名。はじめ保内村,明治34年大崎村,昭和29年からは三条市の大字。明治42年植木生産農家の発展と販路拡大のため,保内園芸組合設立。大正3年東京大正博覧会に出苗し,銀牌を受賞。同6年の杉苗・桑苗・柿苗・黒松などの販売額は4,675円に達する。昭和29年の世帯数150・人口977。同48年の保内園芸組合員数は,植木専業農家17戸,造園業13戸を含め126戸(大崎村誌)。

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