菅田村(近世)

江戸期~明治22年の村名。蒲原郡のうち。はじめ村上藩領,寛永19年幕府領,正保元年村上藩領,宝永6年幕府領,同7年村上藩領,正徳4年からは幕府領。村高は,「正保国絵図」506石余,万治2年検地帳495石余,「元禄郷帳」465石余,「天保郷帳」575石余。反別は,万治2年検地帳47町余,天保9年巡見使案内手鑑54町余。戸口は,文化3年96軒・448人,天保9年93軒・437人。神明宮・道祖神社・地蔵堂・観音堂がある。用水は,胎内川より引き入れる。請売酒屋・紺屋がいた(中条町史資料編2)。文化11年の蒲原岩船郡騒動では,当村農民の果たした役割が大きく,菅田騒動ともいわれる。明治12年北蒲原郡に所属。同22年乙【きのと】村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7311257 |




