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西四十物町(近世〜近代)


江戸期~現在の町名明治17~22年は富山を冠称富山城下本町分三十五町の1つ(町方旧記抜書/県史近世下)町名の由来は当地に城下西の魚市があったが,魚屋のことを「あいものや」ということから名付けられたという(富山市の町名の由来),「万治年間富山旧市街図」にすでに西四十物町の名が見え,北陸街道沿いの旅籠【はたご】町,越前町のすぐ南側に位置した安永8年の家数37,うち本家20・貸家17(町方旧記抜書/県史近世下)天保12年には本家貸家・竈数37・人口141,うち男65・女76(富山町方旧事調理/県史近世下)魚店があることにより町全体が繁昌し,魚市は東四十物町と隔番に立てられていたが,天保2年,富山各町の大半を焼いた浜田焼けで類焼し,のち魚問屋の分立は廃され,二番町1か所に設置されることになった(富山市史)明治9年石川県,同16年富山県に所属同22年富山市西四十物町となる明治42年の戸数125・人口456,うち男232・女224(富山市統計書)昭和4年の戸数101・人口433昭和40年一部が現行の桃井【もものい】町1丁目・旅籠【はたご】町・越前町の各一部となり,同時に桃井町・平吹【ひらき】町・山王町・旅籠【はたご】町の各一部を編入




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7320757