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牛首村(近世)


 江戸期~明治9年の村名。白山麓十八か村のうち。寛文8年からは幕府領。慶長6年から延宝元年まで当村の加藤藤兵衛が代々郷代官として白山麓を支配し,延宝以後幕末まで主として山岸十郎右衛門が取次元(大庄屋)を勤めた。元和3年加藤藤兵衛が明谷川から用水を引く。中世以来出作農業(焼畑農業)と養蚕が盛んで特産物に牛首紬がある。明暦元年牛首村・風嵐村と加賀藩領尾添村間に杣取権をめぐって白山争論があり,元禄元年別山室【べつさんむろ】再建をめぐって牛首村・風嵐村と越前領石徹白【いとしろ】村間に争論があった。正徳元年越前平泉寺と当村・風嵐村との争論があり,享保17年結着。元文元年石徹白村と争論が再燃。村高は「元禄郷帳」39石余,文久3年の戸数536・人口2,821(山岸家文書)。鎮守は八坂社,寺院は真宗大谷派林西寺・青柳山行勧寺・永却山真成寺のほか2道場があり,いずれも真宗寺院である。古来仏事が盛んであり郷土芸能に「かんこ踊り」がある。当村から越前国境谷峠に至る間の大道谷川流域に,戸森村ともいい堂埜森【どうのもり】ともいう当村の枝村があり,鎮守は堂埜森神社という。大道谷【おおみつたん】川の支流刈安谷【かりやすだん】川の流域にも当村の枝村刈安村があった。これらはいずれも当村からの季節出作りから永久出作りに定着した(続白山紀行)。明治5年石川県能美【のみ】郡に所属。同9年風嵐村・旧白山権現領を合併して白峰村となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7323351