須田町(近世)

江戸期~明治4年の町名もとは木ノ新保町の一部金沢城下町のうち町名は,藩士の須田氏屋敷跡にちなむという説もあるが(亀の尾の記),確証はない文政6年の金沢奉行より出候町名に本町で,「……前々下々而唱候得共表立町名申渡候」と見え,この時に正式に町名となったと思われる安政年間の「御府内町名尽」にも本町と見える嘉永年間侍帳より,人持頭の篠島鍛次郎(2,500石)・三田村左京(3,300石)等の居住が知られる明治4年木ノ新保2番丁となり,戸数は78

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7325718 |




