岩神村(近世)

江戸期~明治22年の村名。若狭国大飯【おおい】郡のうち。小浜藩領。村高は,「正保郷帳」で田方144石余・畑方22石余の計167石余,「元禄郷帳」「稚狭考」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに167石余。「雲浜鑑」では戸数13・人口80。寺院は字立岩に臨済宗相国寺派妙祐庵(現妙祐寺)があり本尊は薬師如来。同庵は逸見駿河守一家の寺でもと念光院と称し,寺領も100石あったが,その後駿河守法名にちなんで寺号を改め,寺領は豊臣秀吉に召し上げられたと伝える(若州管内社寺由緒記)。近隣と同様製塩業が盛んであった。明治4年小浜県,以降敦賀県,滋賀県を経て,同14年福井県に所属。「滋賀県物産誌」によれば戸数17・人口81,反別31町8反余,産物に粳161石・小麦3石余・菜種2石・麻24貫などがある。同22年高浜村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7329530 |




