五軒町(近世)

江戸期~明治9年の町名江戸期は小諸城下の一町小諸城の東に位置する定番屋敷が置かれた定番屋敷は当町に5軒,樋下町に13軒あった「小諸砂石鈔」(信叢4)に,家数12とある町の西端から鹿島裏町へ通じる小坂を榎坂と呼んだこの地の松井川には昔,城中専用の水車小屋があって,精米・製粉などをしたといわれるまた町の東端の瓢箪池のほとりには曹洞宗海応院があったが正保年間頃荒町の現在地へ移建した明治9年小諸町の一部となる

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7339348 |




