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須牧村(近世)


江戸期の村名更級【さらしな】郡のうち須巻村とも書く(堂宮改帳ほか)犀川右岸の段丘上に位置する「慶長打立帳」以来郷帳類では独立した村として記載されているが,元禄年間の信濃国絵図仕立帳(信叢23)によれば,当村は「御納所帳,此須牧吉原村へ入,壱ケ村罷成候」とあり,御納所帳など藩関係の史料では吉原村のうちに含まれており,同村の枝村として扱われていた村高は,「慶長打立帳」23石余,「正保書上」すべて畑方として25石余,「元禄郷帳」「天保郷帳」いずれも25石余段丘上の小村で開発の余地がなかったのであろう弘化の大地震では全村流失したと伝える(更級郡誌)元禄10年の堂宮改帳には吉原村のうち須牧村として,熊野権現宮・伊勢宮など5堂社が記載されている「旧高旧領」には当村名が見えず,明治以後は吉原村の一部となった




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7339971