則武村(近代)

明治22年~昭和15年の自治体名。はじめ方県郡,明治30年からは稲葉郡に所属。明治24年の濃尾地震では,総人口1,472のうち死者15・負傷者20,総戸数270のうち全壊121・半壊143(震災誌附1)。大正期には桑畑が多く,養蚕が盛んであったが,昭和期に入り繭価格が下落すると大根の栽培に移り,守口大根の産地として名を高める。昭和11年の戸数227・人口1,756,繭1万1,835貫・大根16万貫を産出。同14年長良古川・古々川上流部の締切工事が完成すると,輪中地帯の水屋は姿を消し,河川敷は開発され趣を変えていった。昭和15年岐阜市に編入,その大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7346041 |




