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三田洞村(近世)


 江戸期~明治30年の村名。美濃国方県【かたがた】郡のうち。はじめ加納藩領,のち幕府領,宝永2年からは高富藩領。村高は「慶長郷牒」「正保郷帳」603石余,「天保郷帳」「旧高旧領」607石余。文久元年当村は,和宮下向により58人の御用人足を加納宿に出役しているほか,慶応期にも関ケ原人馬人足の荷助郷差村になっている。寺に日蓮宗法華寺がある。「新撰美濃志」によれば,同寺は以前真言宗で弘法大師の開基であったが,後世改宗したという。明治4年岐阜県に所属。同年の村差出張によれば,戸数69・人口272,馬34。同24年の濃尾地震では総人口335のうち死傷者92,総戸数68のうち全壊30・半壊38(震災誌附1)。同30年山県郡岩野田村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7346877