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賀茂郡


当郡は天正18年徳川家康領,のち駿河国沼津藩などの各藩領と幕府領・旗本領が混在する。当郡北端の地の泉と称する所は,相模【さがみ】国・伊豆国の境で国境について元禄11年伊豆権現社・相模国小田原藩で争われ,同13年,泉の北を流れる門川を境として北を相模国,南を伊豆国と定められた。同地はその後相模国門川村の飛地となる(増訂豆州志稿)。石高・村数は,「元禄郷帳」3万628石余・128か村,「天保郷帳」3万811石余・127か村,「旧高旧領」3万755石余・127か村。「旧高旧領」では駿河国沼津藩領1,983石余・相模国荻野山中藩領451石余・遠江国掛川藩領4,738石余・三河国西端藩領210石余・幕府領4,744石余・旗本領1万8,178石余・寺社領450石余。天保7年飢饉のため下田町の米屋4軒を周辺農民が襲い打ち毀した。下田奉行所では回船に帆1反に付き銀1匁を課税した。江戸初期縄地銀山は多大の産額があり,慶長11年大久保長安の支配となってからは最盛期を迎えたが,江戸中期以降産額は減少し,廃坑となった。明治元年韮山県,同4年足柄県を経て,同9年静岡県に所属。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7349325