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豊田郡


はじめ一部は山名郡のうちであったが,「元禄郷帳」の作成時に当郡のうちとなったとみられる(県史料5)。総町村数・総高は,「元禄高帳」では253か町村・5万506石余(うち幕府領1万8,413石余・浜松藩領1万833石余・掛川藩領879石余・旗本領1万8,393石余・寺社領等1,986石余),「天保郷帳」では259か町村・5万4,455石余,「旧高旧領」では276か町村・5万5,974石余(うち幕府領1万3,811石余・浜松藩領5,239石余・掛川藩領2,083石余・陸奥【むつ】国白河藩領5,085石余・旗本領および寺社領2万9,754石余)。寛永18年加々爪直澄が1万石で入封し掛塚藩が成立したが,天和元年廃藩された。当郡の所領構成は,遠江国の諸藩領のほか他国諸藩の飛地領,および幕府領・旗本領・寺社領からなり,激しい変遷を遂げた。寺社を領主として認めないならば,「元禄高帳」の相給村は17か村。産物は,天竜川上流の山間部で栽培される茶。この茶は年貢を除けば駿府の在郷商人を通じて江戸の茶問屋に売りさばかれた。東海道が貫通する。明治元年駿府藩領(同2年静岡藩と改称),同4年静岡県,浜松県を経て同9年再び静岡県に所属。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7351551