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服織村(近代)


 明治22年~昭和30年の安倍郡の自治体名。慈悲尾【しいのお】村・千代【せんだい】村・建穂【たきよう】村・新間村・羽鳥村・山崎新田の6か村が合併し成立。大字は旧村名を継承。役場を大字羽鳥に設置。地名は,往古,渡来人の秦氏の率いる服部【はとりべ】が移住し,養蚕・機織りに従事したことに由来する(静岡市史)とも,中世に服織荘と呼ばれたことによるともいう。明治24年の戸数454・人口2,582,厩21。明治44年南藁科【みなみわらしな】村大字小瀬戸の飛地谷津を服織村に編入し,大字谷津を起立,7大字となる。明治22年羽鳥尋常小学校開校,同25年服織尋常小学校と改称。大正7年村内の小作人200余人が潮風害による米の大不作のため地主側と対立。同11年の暴風雨で地内各所が大被害をうけた。同15年の人口710。昭和11年静岡市が服織村内に市結核療養所建設を議決したため村内は大もめとなり,同12年同件について村内に暴行事件が発生(静岡市史)。世帯・人口は大正9年600・3,417,昭和25年827・4,938。同22年服織中学校開校。同30年静岡市に合併。各大字は同市の大字として存続。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7352291