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小玉町(近世〜近代)


江戸期~現在の町名明治5年頃は上野を冠称江戸期は伊賀上野城下の1町で,町人地城下町の中心部に位置し,東は魚町,北は中町に接する本町筋の札之辻から南進する道と二之町筋が交差する十字路を挾んで東へ1町,西へ2町の地域はじめ二ノ札ノ辻町と称したが,延宝7年に小玉町と改称(永保記事略)魚町につづいて魚具を扱う町人の住いが多かった上野天神秋祭りには,七福神の練り物と「小蓑山」と称する楼車が供奉した練り物は,宝暦元年にそれまでのものから七福神にかわったもので,高井五郎兵衛が寛延年間に京都葵祭りの練り物にならって七福神の仮面を作ったことに始まると伝えられる楼車「小蓑山」の名は,元禄2年松尾芭蕉が上阿波村の山中で「初しぐれ猿も小蓑をほしげなり」と詠んだ句にちなんだものという楼車の胴幕は山中五嶺の下絵の二十四孝の図天神祭に七福神と楼車を出すことは負担が大きく,七福神は特別の年や祭礼以外には町をあげての祝事の時のみ興行された明治5年の戸数89・人口421明治末年に魚市場が設けられてにぎわった明治22年上野町,昭和16年からは上野市に所属明治22年~昭和25年までは大字上野のうち昭和49年魚市場は四十九町の問屋団地に移転し,跡地を中町のニチイ上野店が店舗ならびに駐車場として拡張した




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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