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比曽河内村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。阿拝郡のうち。はじめ伊賀上野藩領,慶長13年からは津藩領。村高は,天和年間頃の本高699石余・平高911石余(統集懐録),「天保郷帳」712石余,「旧高旧領」711石余。寛延年間頃の家数181・人数853,馬50(宗国史)。山村地域であるが米を主産とする。鎮守は諏訪神社,寺院は浄土宗無量山西福寺,明治に廃寺となった真涼山観音院長楽寺があった。明治4年安濃津【あのつ】県,同5年三重県に所属。同9年比曽河内学校を開設,同17年昇進学校と改称。明治6年の人口625(県史稿)。同21年の戸数208・人口1,078,田94町8反余・畑15町1反余(町村制実施取調上申書)。同22年丸柱村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7367263