100辞書・辞典一括検索

JLogos

18

石橋村(近世)


 江戸期~明治7年の村名。何鹿郡上林郷のうち。村高は「何鹿郡天田郡元禄高付帳」「天保郷帳」で187石余,「旧高旧領」では185石余。明治初年の戸数55(何鹿郡誌)。村内北方の城山は中世末期の土豪上林氏の居城と伝え,慶長6年旗本藤懸永勝が入部し,その山麓に陣屋を構え代官に領政を行わせ,ここを城下と称した。元禄14年伊勢国亀山で仇討ちを果たして有名となった石井半蔵がのち藤懸氏に仕えて代官となり,その子孫が代官を世襲した。藤懸氏はのち分知し,当村は本家の旗本城下藤懸氏知行地となる。明治2年の絵図によれば陣屋は塀をめぐらした領主の邸宅を城内とし,武器庫・剣術所・家臣の居宅を配し,城下には町家20軒と長屋・馬場がある(綾部市史上)。明治元年久美浜県,同4年豊岡県を経て京都府に所属。同7年八津合村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7373687