100辞書・辞典一括検索

JLogos

24

太井村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。錦部郡のうち。狭山【さやま】藩北条氏領。ただし山方は近江膳所【ぜぜ】藩領。村高は,河内国輯録によれば96石余(狭山藩領86石余・膳所藩領10石),享保19年の村々高帳(田中喜久三家文書/河内長野市史)および「天保郷帳」「旧高旧領」ともに変わらず。文禄3年10月28日の観心寺郷中収納米覚(観心寺文書/大日古)には「合拾八石一升八合 太井分」と見える。また,同年12月2日の北条氏規宛ての豊臣秀吉知行目録(北条家文書/狭山町史2)には「一,八拾六石九升 同(西郡)おゝい村」と見える。享和2年の村明細帳(大阪府立図書館蔵文書/河内長野市史)によれば,田畑7町余,家数24軒(無高なし),人数96,うち男56・女40,牛8,田には稲・菜種,畑には麦・雑穀・菜種・牛蒡を植えたとある。鎮守は八幡宮社。寺院は真言宗無本寺末極楽寺。ただし享和2年段階では,村民は融通念仏宗石川郡小吹村西恩寺旦那であった(同前)。明治9年の人口94。同14年大阪府に所属。同22年川上村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7381765