秋津川村(近代)

明治22年~昭和31年の西牟婁郡の自治体名。大字は編成せず。明治24年には東西1里3町・南北1里9町,戸数283,男643・女636,学校1。明治11年には虎ケ峰越えの山路新道が開かれており,自動車道への改修は同45年から始められたが,虎ケ峰の険阻さや,大正8年開設された山路~新庄間の索道が物資輸送の主役になったことなどから工事は大幅に遅れた。昭和25年索道廃止後,田辺~山路間の物資の輸送路として再び改修工事が行われ,昭和42年完成。なお当村の特産は備長炭と清洲柿。明治42年の戸数244・人口1,452。世帯数・人口は大正9年261・1,360,昭和10年256・1,259,同25年315・1,567。昭和31年牟婁町秋津川となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7403082 |




