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吉原村(中世)


 室町期に見える村名。伊都【いと】郡官省符荘上方のうち。応永3年5月日の官省符上方惣田数分米目録(高野山文書/大日古1‐7)および官省符上方惣畠分麦目録(同前)には「吉原〈不死原村内〉」とあり,不死原村(現高野口町伏原)のうちに含まれていたことが知られる。これらによれば,田数6町8反230歩(分米23石8斗9合3夕)・不作8反140歩,畠数2反20歩(分麦2斗6升8合4夕)・不作240歩,在家12宇(下地3反290歩)であった。なお,「応永〈乙亥〉大検注分」と注記のある官省符上方田数目録(同前)には不死原村の「吉原分」として田6町9反200歩(荒8反220歩),畠6反160歩(荒240歩),在家12宇が記載されている。同時期のものと推定される官省符上方坊免里坊注文(同前)には「一,吉原村 四宇〈三宇引摂院,一宇宝性院〉」と村名で見える。また同時期の官省符上方分田支配注文(同前)によれば,人供193口のうち9口が分田されている。応永16年8月日の政所上方名寄下書(同前1‐8)には「不死原村〈付吉原〉」として道明房以下27名が書き上げられ,また別に「吉原」として7名が記されている。室町期のものと推定される官省符在家帳(同前1‐5)の「金堂承仕三口」の割注に「百六十〈吉原〉」と見える。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7407031