賀陽郡

豊臣政権と毛利氏との間の中国国分けによって，備中国は俗に高梁川以東が宇喜多領，高梁川以西が毛利領とされたというが，以東にあたる当郡内には毛利氏家臣の知行地があり，当郡は毛利氏の勢力化に置かれていた。慶長５年関ケ原の戦で毛利氏は西軍の盟主となったため，戦後その勢力は防・長２か国へ後退させられた。かわって小堀正次が勝利者徳川氏の備中国奉行として上房郡松山城へ入り備中国を管轄するが，当郡へは慶長５～６年戸川逵安・花房職之・木下家定の領知が設定された。戸川逵安は旧宇喜多家臣で，関ケ原での戦功により当郡と都宇郡の２郡内２万9,200石を与えられ，郡内庭瀬を本拠として庭頼藩を立藩した。花房職之も旧宇喜多家臣で，同じく関ケ原での戦功により当郡と都宇郡の２郡内8,220石を与えられ，郡内高松に陣屋を置いた。木下家定は北政所の兄にあたり，同６年所領を播磨姫路から郡内の足守を中心とした２万5,000石へ移されたが，同13年家定死去後の相続方法について徳川家康の勘気を受けて没収され，同領分の過半は同15年浅野長晟へ与えられた。その後長晟は紀伊和歌山藩主となり，元和元年旧家定領は子の利房へ与えられ，以降は足守藩領として定着した。慶長16年備中ほか３か国で１万石余を与えられた蒔田広定も郡内井手を支配の拠点とした。なお，蒔田氏はのち分知によって１万石を割り，文久３年高直しで１万石へ復帰，郡内浅尾に陣屋を置いて浅尾藩を立藩した。このほか江戸初期に松山藩領・岡山藩領なども設定された。寛永古図によれば，足守藩領35か村うち相給１か村で２万1,593石余，庭瀬藩領７か村うち相給１か村で6,830石余，旗本蒔田氏領７か村うち相給２か村で4,431石余，松山藩領９か村うち相給１か村で3,533石余，旗本花房氏領５か村で2,208石余，岡山藩領３か村で621石余。村数・石高は，「元禄郷帳」76か村・４万5,007石余，うち足守藩領41か村・庭瀬藩領７か村・旗本戸川氏領１か村・旗本蒔田氏領７か村・松山藩領11か村・旗本花房氏領５か村・岡山藩領２か村，ほかに庭瀬藩と蒔田氏の相給２か村がある。また「天保郷帳」78か村・４万9,346石余，「旧高旧領」83か村・５万388石余，うち足守藩領１万9,814石余・庭瀬藩領6,591石余・旗本戸川氏領105石余・浅尾藩領6,611石余・旗本蒔田氏領700石余・松山藩領7,637石余・旗本花房氏領2,485石余・岡山藩領1,242石余，ほかに幕府領5,038石余・吉備津宮社領160石。郡内では庭瀬・足守・高松などに大名・旗本の陣屋が置かれ，場所によっては陣屋町も形成された。このうち庭瀬は庭瀬川を往来する高瀬舟の川湊が開かれ，また岡山と玉島を結ぶ往来沿いにも位置し，備中南部の物資集散地として発展した。郡内の産業としては，西阿曽村の鋳物業，八田部村・田中村の売薬業が知られ，「備中集成志」に万輪丸・道三丸・紫金錠・安蒼丸の名が書き上げられている。西阿曽村の鋳物業の起源は不詳であるが，中世に鋳物師が吉備津宮と結びついて発展したと考えられる。吉備津宮には鳴釜神事を伝えるが，その神事に使われるお釜殿の釜は，阿曽鋳物師の手によって幾度か鋳直され現在に至る。なお，江戸期には西阿曽村に９軒の鋳物師がいた。慶応２年倉敷の代官所を焼打ちした長州南奇兵隊士に藩の陣屋を襲撃され，百姓も含め13人の死者を出した。明治４年の廃藩置県により足守県・庭瀬県・浅尾県・高梁県・岡山県・倉敷県に分属し，同年11月深津県，同５年小田県を経て，同８年岡山県に所属。

KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7415896