中深川(近代)

明治22年~昭和61年の大字名。昭和48年からは高陽町を冠称。はじめ深川村,昭和30年高陽町,同48年広島市,同55年からは安佐北区の大字。明治24年の戸数294・人口1,433。大正13年芸備鉄道(現国鉄芸備線)中深川駅開設。昭和35年の世帯数316・人口1,433。高陽町の行政中心地として役場・公民館・農協などが集中する。同40年代に南部の丘陵を高陽ニュータウンの一部とする宅地造成が始まった。同51・53・59年高陽町亀崎,同53年高陽町倉掛,同61年亀崎1~4丁目・深川1~8丁目・深川町となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7423039 |




