主師村(近世)

江戸期の村名。肥前国松浦郡のうち。平戸藩領。「慶長9年惣目録」には当村名が見えず,江戸初期には中野村の一部であったが,「元禄12年郷村帳」「元禄郷帳」「天保郷帳」では中野村とは別に当村名が見え,江戸前期に中野村から分村して成立したと考えられる。明暦2年の中野村の田方帳には主師免と見え(松浦史料博物館蔵),「元禄12年郷村帳」では「中野村枝村」と注記されている。村高は,「元禄12年郷村帳」12石余,「天保郷帳」62石余。生月【いきつき】島や獅子村と近く,近世初期はキリスト教の布教が行われて熱心なキリシタンが生まれ,キリシタンのイルマン・ロレンソは当村(現白石地区)の出身であった。地内の神社に比咩神社(祭神稲田姫命)があった。「旧高旧領」には当村名が見えず,中野村1,687石余のうちに含まれているとみられ,幕末・維新期までに再び中野村のうちに含まれることになった。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7448418 |




