GHQが行なった巧妙な日本統治法


◎GHQにより統治される
太平洋戦争終結後、アメリカが中心になって日本の統治が進められる。
敗戦直後、太平洋米軍総司令官マッカーサー元帥が連合国軍最高司令官に任命されて日本に着任、連合国軍最高司令官総司令部、いわゆるGHQが東京に設置された。GHQは管理機構のうち、行政機関として位置づけられたが、実質的には日本の統治機関であった。
◎ほとんど機能しない極東委員会と対日理事会
イギリスやソ連は、アメリカがGHQを通して日本を単独占領している現実に不満をいだき、自国の占領参加を要求した。そこで同年12月、極東委員会がもうけられた。
委員会はアメリカ、イギリス、フランス、中国、ソ連、カナダ、オーストラリアなどの11カ国からなる立法機関で、本部をワシントンに置いた。ここで占領の基本方針・政策が決められてGHQに指示が出され、また逆にGHQが進める施策を再検討する権限が与えられた。
ただ、極東委員会の指令は、必ずアメリカ政府を通す規則になっており、同国政府は拒否権をもっていたので、事実上、たいして機能しなかった。
極東委員会と同時にもうけられたのが、対日理事会である。これはアメリカ、中国、ソ連、イギリスの4カ国から構成されるGHQの諮問[しもん]機関で、同会にはGHQに助言する権利も与えられた。けれどもマッカーサーは、対日理事会が助言を理由に占領政策に介入してくることを嫌い、あまり諮問しなかったという。
◎間接統治でよい印象を与えたアメリカ
管理機構の中心機関となったGHQは、ドイツのように軍政をしいて直接統治はせず、日本政府に指令や勧告をあたえるといった手法を用いた。これを間接統治と呼ぶが、この方式によって日本人のアメリカ人への反感を緩和することができ、戦後の日本をソ連から遠ざけ、巧みにアメリカ陣営に組み込むことに成功したのである。

![]() | 日本実業出版社 「早わかり日本史」 JLogosID : 8539607 |