労働者も社会を支えている!


◎チャーティスト運動とは?
イギリスでは産業革命による大幅な社会変化が、やがて政治の変動を引き起こした。
人口が都市に移動することで農村の過疎化が進み、定員が農村にかたよった選挙区(=腐敗選挙区)に批判が集中した。そこで1832年に、第1回の選挙法改正が行なわれる。選挙区の割り振りと選挙権の財産資格が大幅に変更されて、都市の有産者(産業資本家)が議会に進出した。
その結果、イギリス議会はこれまでの「ジェントリー」という地主中心の議会から、地主と資本家が対立する議会に姿を変え、地主の利益を守る穀物法、保護貿易の立場に立つ航海条令が廃止された。
「世界の工場」となったイギリスは、自由貿易主義のもとに世界中に市場を広げていったが、議会も資本家の利益の擁護につとめた。
第1回選挙法改正で選挙から締め出された都市の労働者も黙っていたわけではない。フランスの七月革命のように労働者の参政権を求める「チャーティスト運動」(1837~58ごろ)が展開された。だが現金なもので、経済が活況を呈し、労働者の生活が改善されると運動は下火になる。労働者に選挙権が与えられるのは、第1回の改正から35年後の1867年と1884年の選挙法の改正によってである。
◎資本主義への疑問が生み出した社会主義
産業革命で社会構造が変わり、都市にスラム街ができ、労働者の悲惨な生活が広がると、資本主義の社会原理に疑問をもつ者が出てくる。ここに、自由競争の修正、生産手段の私有制の廃棄により、調和のある社会を取り戻すことを説く「社会主義思想」が生まれ、社会運動も起こり始める。
思想的な特色は、ヒューマニズムの精神、理想主義と現実の社会問題に対する思考が混じりあっていたところにある。イギリスの工場経営者でありながら調和のある協同社会を建設するために私財をなげうったロバート・オーウェンや、資本主義経済を分析し、剰余価値説にもとづいて生産手段の公有化を必然と考えたドイツ人のマルクス、富裕な経営者の息子でありながら労働者の悲惨な生活の調査を通じて社会正義に目覚め、やがてマルクスの協力者となったエンゲルスなどが登場した。

![]() | 日本実業出版社 「早わかり世界史」 JLogosID : 8539783 |