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高瀬[関東地方]
角川日本地名大辞典

荒川流域の河岸段丘上に位置する。地名の由来については,荒川に沿う高地で高瀬をなしていることによるとも,文治2年高瀬次郎基時(那須郷士後藤次郎基時)が那須与一宗隆に従い,源平の戦いに軍功あって那須の両郷を賜ったことによるともいわれる(荒川村誌)。縄文後期の堀の内式の遺跡とみられる高瀬古館遺跡があり,石剣・土隅などを出土した。字古館には古館館跡がある。周囲に土塁を巡らし,西と北は自然の渓谷(20〜25mの深さ)を利用して水堀とし,東と南は高さ50m余の河岸崖を利用した要害の地形となっている。森田太郎光隆が森田城(竜崖城・今宮台城ともいう)築城期に築かれた出城と考えられる。字弥陀前の如来堂境内にある大榧は,幹の周囲は目通り約16尺,根廻り約21尺,樹高約80尺で樹齢約600年といわれている。幹には枝下から根もとまで空洞があるが,樹勢旺盛で現在も繁茂し,弥陀如来の仏木と伝えて崇めている。往昔,夜な夜な夜更けて大榧の梢に読経の声が聞こえ,鶏鳴とともに消滅する。里人はこれを不思議に思い,以後高瀬下坪の里家では鶏の飼育をしないという。また,この榧の樹枝を切る者には災厄があるとして固く折伐を戒めているという。初豆を榧に奉納すれば,頭痛が癒えるという俗信もあり,現在でも豆の収穫期になると豆を供える風習が残っている(荒川村誌)。
高瀬村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
高瀬(近代)】 明治22年〜現在の大字名。