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![]() | 曽根[中部地方] |
曽禰とも書く。大垣輪中北部の農村で,平野井川右岸の平坦地に位置する。地名は美濃国神名帳の「安八郡従三位曽根明神」に由来し,往古は伊勢神宮領中河御厨のうちであったという(新修大垣市史)。天文5年6月の禅良房宗栄引付在所注文に見える「曽禰」は当地のことか(経聞坊文書)。天正11年11月13日付稲葉一鉄宛羽柴秀吉知行目録には「弐百八拾八貫文 但そねより大柿へ出段銭分也」とある(豊後臼杵稲葉文書)。曽根城主の稲葉一鉄は斎藤氏に仕えた西美濃三人衆で,永禄10年から織田信長に,さらに秀吉に属して5万石を領した。次いで城主となった西尾光教は関ケ原の戦には東軍に属して大垣城を攻略,戦後揖斐(いび)城に移ったため曽根城は廃城。
【曽根村(近世)】 江戸期〜明治30年の村名。
【曽根(近代)】 明治30年〜昭和24年の中川村の大字名。
【曽根町(近代)】 昭和24年〜現在の大垣市の町名。
