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明治22年〜現在の東通村の大字名。明治24年の戸数25・人口208,厩22,学校1,船10(徴発物件一覧)。産業の中心は農業であるが,専業はなくほとんど林業・牧畜・鉱業などとの兼業である。猿ケ森砂丘は県内では珍しく,観光に訪れる人々が増えつつあるが,この地区は防衛庁の弾道試験場になっているため許可なしでは立入禁止となっている。南部の字下田代は半農半漁の集落であるが下田代納屋は昆布が主業である。昭和3年駒ケ岳噴火の際,軽石が沈積し昆布がほとんど採れず,長く寝泊りする納屋も自然に衰退し廃屋となった。明治30年猿ケ森尋常小学校田代分教場が設置され,上・下田両集落の生徒を収容した。同32年昇格独立,田代尋常小学校となる。大正3年には猿ケ森尋常小学校を併合,猿ケ森分教場設置。同分教場は同10年昇格し,再び尋常小学校として独立していった。昭和22年田代小学校に中部中学校田代分校併設,同26年に蒲野沢中学田代分校と改称,同27年昇格独立,田代中学校となる。猿ケ森小学校には昭和22年中部中学校猿ケ森分校が併設され,同26年蒲野沢中学の分校となって,同29年昇格,猿ケ森中学校として独立した。同31年猿ケ森小学校に長沼分校を設置したが同33年廃止。世帯数・人口は,昭和25年43・323(猿ケ森29・205,下田代14・118),同36年52・361(猿ケ森39・260,下田代13・101),同45年42・210(猿ケ森30・153,下田代12・57),同55年40・166(猿ケ森24・103,下田代16・63)。
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