美歎
【みたに】

旧国名:因幡
古くは三谷と書く。袋川の支流美歎川に沿う稲葉山丘陵の谷あいに位置する。村名の由来については諸説あり,三谷は谷の地形によるものと思われるが,美歎神社があることにちなむともいい(因幡志),また美歎神社があるため御谷の美称から起こったものともいう(因伯地名考)。古墳は丘陵や山腹に前方後円墳をはじめとして70基以上が確認され,線刻壁画を残すものもある。西浦山山麓に凝灰岩加工の古墳玄室奥部か殯
の一部かともいわれる姫塚がある。美歎神社は式内小社で,「三代実録」に貞観16年従五位下から従五位上になったと見える。神社は現在まで3回遷座したと伝えられ,それに伴って集落も移転したという。承徳3年2月26日夕因幡(いなば)守平時範が神拝奉幣する(時範記)。南東山麓の台地上に三谷山福田寺廃寺跡があり,付近に一の門・二の門などの地名がある。中世戦乱による寺の廃絶後,本尊9寸6分の観音金像は,柳にはらみ木となって出現したといわれ,雀観音・花観音と称する。南北朝期頃に因幡小鍛冶景長が荒砥石を切り使用したと伝える砥石場が残る。
【美歎村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【美歎(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7177022 |




