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弾性外交


 台湾が近年積極的に推進してきた外交戦略。台湾は1970年代初頭以来、国際社会からの孤立を余儀なくされてきたが、民間の国際関係チャンネルをフルに活用して、88年秋以降、唯一の合法政府としての台湾(中華民国)の承認、中国との国交断絶などを条件にすることなく、場合によっては「中華民国」の呼称にさえこだわらずに、実質的な関係を強化するという新しい外交方針を実行した。89年3月、李登輝(リー・トンホイ)総統の就任後初のシンガポール公式訪問の際、シンガポール側は「中華民国総統」の呼称を用いず、「台湾から来た総統」(President from Taiwan)と紹介したが、李総統はこれを甘受。89年にはバハマリベリアなど4カ国と、92年7月にはニジェールと国交を樹立するなど、台湾側は「弾性外交」によって、多くの国々と実質的な関係を維持した。李登輝は、94年2月に中国と国交のあるフィリピンインドネシア、タイの東南アジア3カ国を「休暇外交」で非公式訪問し、5月には中米と南アフリカを公式訪問、95年4月にはアラブ首長国連邦ヨルダンを訪問した。台湾の国際的生存空間の拡大に中国側は苛立ってきたが、同年6月、李登輝の米国訪問が母校コーネル大学での講演旅行として実現し、好評を博したことが中国側を著しく硬化させ、中国側の抗議によって米中関係が一時冷却化した。台湾側はさらに国連にも復帰したいとの希望さえ表明、中国を刺激した。2000年7月に国交を樹立したパプアニューギニア、01年6月に断交したマケドニア、02年7月にいったん断交し05年5月に復交したナウルがあり、03年11月、西太平洋キリバスと国交樹立、05年10月にはアフリカセネガル、06年8月にチャドと断交。06年9月現在、24カ国と国交をもつ台湾の「弾性外交」も岐路に立っている。




朝日新聞社
「知恵蔵2009」
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