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![]() | 下高田[関東地方] |
高田川中流域に位置する。地名は,古くは高田郷と称され,その東端に位置することによる。地内高田川沿いの畑地には,弥生土器の散布地が数か所ある。高田氏の居城と伝える高田城跡が地内東南丘陵上の字城ノ腰にあり,山腹をめぐる帯曲輪と称するものも残る。高田氏については,「吾妻鏡」仁治2年2月25日条によれば,当地の住人と考えられる高田武者所盛員が長掃部左衛門尉秀連と菅野荘の境相論で敗訴している。永禄4年11月2日の上野(こうずけ)出兵の際の信州松原神社への武田信玄願文(松原神社文書/県史資料編7)に見える「西牧・高田・諏方之三城」,および同年と推定される年未詳11月19日の武田信玄書状写(加沢記所収文書/同前)の「昨日高田降参,今日ハ休馬,明日向于国嶺可及行候」は高田城のことである。
【下高田(中世)】 戦国期に見える地名。
【下高田村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【下高田(近代)】 明治22年〜現在の大字名。
