有戸
【ありと】

旧国名:陸奥
下北半島の基部に位置し,野辺地湾に面する。南西部の十符ケ浦に関して,「干草橋の海辺南北五丁許の所をしか云ふ,この浦の南に干草橋川あり,この流の海に入る所時々変移す,十符ノ浦の方に寄るときは豊年,南に偏倚れは凶作と云習はせる所にて,この落口より二十丁余西に三日月形したる小池あり……この池に菰を生す,他の菰と異にして葉細して光沢あり,この菰を采て十符に編み,これを十符の萱薦と云て国主も 献したりしか……今は其名さへ聞へすなりしか,十符浦とは俚人も呼慣へり」とある(国誌)。遺跡は,縄文時代の遺跡が字目ノ越の海岸砂層上にあり,平安期の砦跡が字明前(みようまえ)にある。
【有戸村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【有戸(近代)】 明治22年~昭和51年の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7009884 |




