鳥越
【とりごえ】

旧国名:陸奥
馬淵(まべち)川中流右岸,同川支流安比(あつぴ)川の合流点地域より東側の段丘上に位置する。地層は主として輝石安山岩の新生代第三紀層中新世・段丘堆積物などで構成されている。縄文式土器の包含遺跡が分布している。糠部(ぬかのぶ)三十三観音第31番札所,救世観音堂(鳥越観音)の在所。室町後期永正9年観光上人の巡礼札が堂中に納められていたという。本尊は慈覚大師作と伝える。別当寺,東福院は慶長7年南部利直より寺領3石を給される(邦内郷村志)。天正19年九戸城攻略をめざす上方勢は浪打峠の本道を避けて,それより西方の外越鳥越観音堂前の山中を押し通ったという(奥羽永慶軍記)。鳥越野月内館の鳥越館は200m×100mの山城。空濠が2つ残る。館主は不明。天正19年に落城という(城郭大系2)。同じく野田畑中には中世の板碑がある。梵字・紀年など不明(岩手の歴史論集2)。また字八木沢には八木沢館があり,中世八木沢氏が拠った。
【鳥越村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【鳥越(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7015494 |




