水戸藩
【みとはん】

旧国名:常陸

(近世)江戸期の藩名。慶長７年水戸城の佐竹義宣が出羽国秋田へ移り，徳川家康の五男武田信吉が下総国佐倉から15万石を与えられて水戸城主となったが翌８年病没し，同年家康第10子の徳川頼宣が20万石で同城主となり，同９年久慈郡保内(ほない)・下野(しもつけ)国那須郡武茂に５万石を加増された。頼宣は慶長14年駿河国駿府50万石へ移るが，その間も駿府に在城する家康のもとにあって水戸在城はなく，領内村々の支配も幕府の奉行伊奈忠次・彦坂元正などによって行われた（水戸市史）。頼宣のあと，慶長14年下妻から，のちに尾張・紀伊とともに御三家を構成する徳川頼房が水戸25万石に移封されたことにより当藩は確定され，以後廃藩まで同家を藩主とする。頼房も元和２年家康の没するまで頼宣とともに駿府にあり，家康没後は江戸に移り，以後当藩主はときおり幕府の許可を得て不定期で短期間国入りをするほかは常に江戸邸で藩政を指揮する定府制とされた。当藩主家は御三家として高い格式を与えられ，将軍家選任にかかわる特殊な位置とされ，「天下の副将軍」と称されることもあった。附家老として中山氏が頼房以来付され，同氏によって慶応４年松岡藩が立藩される。元和８年多賀郡松岡の戸沢政盛が出羽国新庄に移封され，その３万石が当藩に加増となり，寛永18年の領内総検地で内高36万石を超えていたが，元禄14年綱条のとき新田などを加えた表高35万石が幕府から認められた。寛文元年には頼房の四男頼元が那珂郡額田に新田２万石（額田藩），五男頼隆が久慈郡保内に新田２万石（保内藩）を与えられて分家し，元禄13年ともに幕府から新たに領地を給されて陸奥国守山藩，新治(にいはり)郡府中藩の支藩を立藩して旧領は当藩に返納された。また，天和２年六男頼雄は茨城郡27か村１万石を与えられ，支藩宍戸藩主となっている。当藩の村数・石高は，宝暦13年茨城郡131か村・７万9,345石，那珂郡142か村・10万1,218石，久慈郡164か村・９万7,067石，多賀郡72か村・４万7,572石，行方(なめがた)郡23か村・１万6,089石，鹿島郡８か村・4,664石，新治(にいはり)郡16か村・１万2,594石，河内(こうち)郡１か村・287石，下野国那須郡18か村・１万5,409石，合計575か村・37万4,245石（水戸市史）。当藩に属する村は「水府志料」によると，茨城郡137か村・那珂郡139か村・久慈郡164か村・多賀郡76か村・行方郡25か村・鹿島郡７か村・新治郡12か村・那須郡18か村。なお，正保３年水戸領22か村と宍戸領29か村の村替が行われている（同前）。頼房のとき，寛永年間を中心に藩政の整備が進められ，寛文元年２代藩主となった光圀は，元禄３年養子綱条に藩主の座を譲ってからも元禄13年新宿村の西山荘で没するまで後見として藩政確立期の当藩を担った。光圀は儒学・神道思想に基づいて文教振興や宗教政策を積極的に推進した。明暦３年に着手され，完成が明治39年となった「大日本史」の編纂などの修史事業ははじめ江戸の邸で行われたが，光圀の西山荘隠棲，元禄17年の彰考館の水戸城二の丸への移転などによりその中心を移した。寛文６年の寺院整理では1,098か寺が破却・還俗などの処分を受け，元禄９年には一村一鎮守とすべく神社整理がなされ，同時期の池田光政の備前岡山藩，保科正之の陸奥会津藩での寺社政策とともに宗教政策に特色をみせた。すでに光圀の頃から困窮化していた藩財政は綱条のときには深刻な事態を迎え，元禄16年～宝永６年には殖産興業・年貢増徴など「宝永の新法」と称される改革が行われた（同前）。宝永３年浪人松波勘十郎が登用されて改革に参画すると，経費節減のほか著しい年貢増徴策がとられ，さにらに涸沼(ひぬま)と北浦を結ぶ運河の開削計画などにより農民の負担が増加した。これに対し，同６年ほぼ水戸全領の農民の参加した大一揆が起こり，松波は失脚し，改革も中止された。以後４代宗堯のときの享保，５代宗翰の寛延・宝暦と改革が企図されるが挫折を繰り返した。６代治保のもとで寛政年間には農村の荒廃も進み，領内農民の人口は22万人台へと減少，文化元年には22万3,635人と当藩における最低を記録した（同前）。こうした状況に対して，農村の支配体制をそれまでの４郡制から寛政11年６郡制，享和２年11郡制，同３年10郡制とするなどの郡制改革や農政刷新，人口対策，育子策などの農村振興政策がとられ，町家出身の学者藤田幽谷らによって農政改革・農政批判などの意見が展開された（同前）。また，引き続く財政難から寛政年間はじめて半知借上が実施され，献金郷士制が確立されるなどしている（同前）。この時期には一時停滞した修史事業も彰考館総裁立原翠軒や藤田幽谷などのほか郷士出身の学者が主流となって再興されたが，一面ではのちに立原派・藤田派とよばれる両派の対立を内包していた（同前）。なお，寛政４年北海道根室にロシアの使節ラクスマンが渡来したことから当藩も海岸警備の士を割いて置き，藩内も非常に混乱したという（水戸紀年／県史料近世政治編Ⅰ）。この海岸防備などに際して幽谷は対外危機に対する内政改革・富国強兵などを主張し，門人会沢正志斎らに継承されて各方面に影響を与えることとなった（水戸市史）。７代治紀・８代斉脩のあと文政12年藤田東湖・会沢正志斎らに擁立されて藩主となった斉昭は，翌天保元年～天保15年まで長期にわたり藩政改革に取り組んだ。斉昭は天保５年以降老中に蝦夷地開拓を請願したり，銚子地方（千葉県）や鹿島・行方郡で12万石の加増を願い出るなどして幕府に働きかけ，補助金を幕府から得ている（同前）。天保の改革は，家臣の江戸定府制の廃止，海防掛・海防総司の新設や軍制改革，米価安定・凶作対策としての常平倉の創設，会所制度の拡充や産業振興，文化13年に７郡となっていた郡制を再び４郡に戻すなどの郡制改革，田畑の等級を５等級に分けた領内総検地と税制・禄制の改革など広い分野にわたって行われた。東湖ら改革派と保守的な門閥派との対立もあったが，門閥派の反対を押し切った天保11年から４年以上の藩主斉昭の長期間就藩などもあって積極的に進められた（同前）。しかし，財政難は好転しなかったという。また，斉昭は弘道館の設立や領内教育のための郷校を設置するなど文教振興も行っている。東湖・正志斎ら弘道館の改革派によって水戸学が形成され，その尊神排仏による大規模な寺社改革の断行や尊王攘夷論は，長州の吉田松陰ら幕末期の思想界に大きな影響を与えた。一連の天保の改革も，弘化元年斉昭が幕府から処罰を受けて致仕するなどして中止された。しかしその後も藩主慶篤のもと万延元年の死去まで斉昭は藩政に実権を持ち，軍制改革を中心とした安政改革を推進するなどしている。安政５年斉昭は将軍継嗣をめぐって大老井伊直弼と対立して謹慎処分を受けるが，このとき領内尊攘派による広範な雪冤運動が展開されている。万延元年桜田門外の変では薩摩藩浪士とともに当藩を脱藩した尊攘激派の浪人が主体となっていた。幕末期の当藩では，かつての改革派から発展した過激な尊王攘夷を主張する天狗党と保守門閥派の諸生派との間に激烈な藩内抗争が展開された。天狗党は元治元年藤田小四郎らを中心に筑波山で挙兵するが，追討する幕府軍とその命を受けた諸藩によって西上の途中越前国敦賀近くで降伏する。以後藩政の実権は諸生派さらに天狗党に帰し，王政復古・明治維新への流れの中で薩長など西南雄藩のように中央政府の主要な役割を担う機会を失った。「明治政覧」による当藩の草高は35万石。慶篤のあと，昭武のとき廃藩。明治４年廃藩置県後水戸県となる。

KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7039844