100辞書・辞典一括検索

JLogos

57

明治村
【めいじむら】


(近代)明治22年~昭和30年の自治体名。はじめ西群馬郡,明治29年群馬郡,昭和24年からは北群馬郡に所属。榛名(はるな)山の東麓に位置し,東部は平坦な地形,西部は九十九谷または船尾山と称される険しい山岳地になっている。小倉・上野田・下野田・北下・南下の5か村が合併して成立。旧村名を継承した5大字を編成。役場ははじめ上野田字安田倉に民家を借用して設置,昭和28年下野田字原に新築。村名は明治の年号にちなむ。明治24年の戸数529,人口は男1,396・女1,468,学校1・水車場18。明治初期まで越後・出羽から江戸への往来でにぎわった三国街道の上野田屋敷裏に一里塚が残る。明治18年開通の清水越新道はのち県道高崎渋川線となり,明治26年鉄道馬車が開業,同40年には電車に切り替えられ,下野田字原に停留所と電車交換所が設けられ,当地域は市街地化した。同32年下野田字原に大火があり,民家21戸が全半焼した。同36年上野田耕地整理組合が設立され,耕地整理16町余を完成した。同37年群馬精糸合資会社上野田組は碓氷社明治組となる。同43年有限責任下野田信用購買組合発足。大正3年下野田倉庫株式会社発足。昭和5年明治郵便局開局。同14年村内に電話開設,同16年群馬大同銀行明治出張所(現群馬銀行吉岡支店)開業。同20年8月米軍機による前橋市空襲の余波を受け,下野田地区で民家7戸が全半焼した。同20年終戦による海外引揚者・戦災者・復員軍人・軍属などが南開地区に24戸,北開地区に9戸入植した。同年消防団発足,同23年明治農協発足。同27年馬場重久の墓が県史跡に指定された。同30年吉岡村の一部となり,5大字は同村の大字に継承。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7047184