下野毛
【しものげ】

(近代)明治45年~現在の大字名。はじめ高津村,昭和3年高津町,同12年川崎市,同47年からは同市高津区の大字。東京府との境界変更に際し,荏原(えばら)郡玉川村下野毛(東京都世田谷区)の多摩川右岸飛地が神奈川県高津村に編入されて成立。当時は民家13軒だったが昭和8年には戸数32・人口264,同25年の人口242,同34年の世帯数258・人口1,369。水田はなく砂地の畑では麦・蔬菜類などが作られたが,大正期から昭和初期まではモモ・ナシづくりが盛んだった。昭和10年には当地内で東京横浜電鉄(東急)による砂利の陸掘が始められ,同30年前後からは県営住宅ができるなど宅地化が進行,各種工場も増え始め,キヤノンカメラ玉川工場・クノール食品・名糖・日本通運下野毛倉庫・昭和薬品化学工業などがある。なお編入に際して対岸の八幡社を分祀して鎮守とする(現八幡神社)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7067302 |




