天神岡
【てんじんおか】

旧国名:越後
三面(みおもて)川の支流山田川の流域。村上城主歴代譜などには,天神岡村は村上城の臥牛山のふもとにあったものを,村上城拡張の際(元和6年)現在地に移したとあるが,「慶長国絵図」には現在地に描かれており,戦国期に本庄氏が村上城を固めた頃に移されたものと思われる。田沢権右衛門家所蔵の村絵図には,館山・ヤシキ・御収納館・庄司作・馬場・大門の地名が記されており,享保6年村明細帳に大館1か所(東西49間・南北47間)とあり,現在も濠をめぐらした館跡が残る。あるいは,小泉荘荘官の居所であったか。字坊ケ山からは鎌倉期の石塔が出土した。
【天神岡村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【天神岡(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7075737 |




