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柳原町
【やなぎはらまち】


旧国名:越後

(近世~近代)江戸期~現在の町名。江戸期は長岡城下の1町。明治初年~明治43年は長岡を冠称。城の南西。「古来は,柳原には町屋無之。御同心町より先,宮内村近辺迄は大きなフケにて,一面に柳有之候由」とあり(新古伝聞集),地名は沼地が干し上がった地に葦や柳が生えた原が開拓され,町屋が形成されていったことから来ている。長岡船道と呼ばれる物資の継立河川である内川(柿川)に面し,元禄7年には26軒の商家があった(柳原町諸役定)。享保年間甚助・七兵衛・作右衛門等の呉服・海産物問屋を中心にした27軒の商家があり(柳原町絵図),毎年5月には藩士の城下一周の乗馬コースに指定されていた。町内には本善寺があり,徳川家康が牧野康成に与えた黄金の阿弥陀仏を本尊としている。また神明社もある。戊辰戦争で被災し,その後,長岡製糸工場などが建てられ復興。明治22年長岡町,同39年からは長岡市に所属。大正9年の人口705,昭和9年の世帯数87・人口732。同30年市役所が建設され,同52年幸町に移転したのち,旧庁舎は中央公民館・科学博物館などとして利用されている。大正13年四郎丸,昭和38年荒屋敷町の各一部を編入し,本町1~4丁目との間で境界変更を実施。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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