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湯沢?
【ゆさわ】


旧国名:越後

荒川と湯蔵沢・荒沢川との合流点付近。垂水の湯(現湯沢温泉)は鎌倉期のはじめの須貝刑部により発見され,津野源太夫の協力により湯治場が建設されたと伝える(関川郷史料)。「たるみ」とは滝を意味し,湯蔵川の滝下に温泉が湧出していたことから呼ばれたものであろう。湯の出る村ということでのちに湯村と呼ばれて親しまれ,やがて沢村と合併して湯沢と呼称するようになった。鎌倉期元亨2年の関東下知状に「垂水の女房」が見える。奥山荘北条の地頭黒川茂長の子女で,荒河保地頭河村政秀に嫁した人である。河村氏の本拠地下桂は正長元年6月黒川基実の所領となったことから,このころ河村氏は垂水に移動したものと思われる(反町三浦和田黒川文書)。永正10年垂水左衛門が垂水に居城したとあり(宮内庁書陵部所蔵文書),垂水氏系図によれば,先名は河村で垂水と称すという。永禄4年9月13日垂水源二郎は川中島の合戦にて戦功を立て上杉謙信より感状を拝領している(垂水文書/色部史料集)。当地には垂水館跡があり,北東方には垂水山城址と根小屋址が残る。「慶長国絵図」では「ゆ村」20石余があり,近接して「さわ村」3石余が見える。
湯沢村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
湯沢(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7079061