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下田子
【しもたこ】


旧国名:越中

神代(こうじろ)川上流近くに位置し,東と西に低い丘陵台地が連なり,中央に細長い平地がある。古くは田子村であったが,いつの頃か上・下田子村に分村した。西部台地には田子瓦場遺跡と四十塚遺跡があり,ともに縄文後期晩期の土器を主とし,土師器・須恵器の破片も出土した(氷見地方考古学遺跡と遺物)。古くは布勢水海(ふせのみずうみ)の入海であったことから,「万葉集」には「いささかに念ひて来しを多胡の浦に咲ける藤見て一夜経ぬべし」「多祜の浦の底さへにほふ藤浪をかざして行かむ見ぬ人のため」などと,多胡浦・多祜崎・多祜湾などを詠んだ歌が多数載っている。元禄2年,松尾芭蕉は奥の細道を行脚して越中路に入り,田子の藤を見たいと思ったが,心ない浦人に言いおどされて断念し,「わせの香や分け入る右は有磯海」の一句を残して,金沢へ向かった(奥の細道)。集落は在所表・在所裏・向方の3垣内(かいと)に分かれている。
下田子村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
下田子(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7081853