芹川原山分
【せりかわはらやまぶん】

旧国名:能登
能登半島中央部,長曽川の上流濁(にごり)川の水源部に位置する。地滑りの頻発地。天正年間に上杉軍が能登に侵入した際に与十郎(現在河上家)が来従し,土着したのが村のはじまりといわれる(鹿島郡誌)。また,異説として羽咋(はくい)郡富来(とぎ)の弥六が当地に流刑され,荒蕪地40石を開墾して一族の太郎左衛門らが来住したのが起源(同上)ともいわれ,詳しくは不明。中央部の芹川の飛地に人蛇伝説にまつわる蛇池(じやのいけ)(大池)がある。
【芹川村原山分(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【芹川原山分(近代)】 明治22年~昭和29年の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7087888 |




