中荘村
【なかしょうむら】

(近代)明治22年~昭和29年の羽咋(はくい)郡の自治体名。「なかそうむら」ともいう。能登半島南部,日本海に注ぐ宝達(ほうだつ)川左岸の平野に位置する。御館(おたち)・中野・三日町・上田(うわだ)・上田出・門前の6か村を合併して成立。旧村名を継承した6大字を編成。大字上田出に役場を設置,のち同役場は大字上田に移転。戸数・人口は明治22年253・1,451,大正9年220・1,172。昭和28年の世帯数274・人口1,583。明治36年北大海(きたおおみ)村と,また同39年には柏崎(かしわざき)村・末森村・北荘村との合併案があったが実現せず(合併誌)。明治25年上田小学校が中荘尋常小学校となる。明治12年にコレラが大流行し,翌13年には赤痢の流行があり,同32年には大流行となり,同年9月大字上田に隔離病舎建設の認可がなされた(羽咋郡誌)。大正4年の職業別戸数農業179・牧畜1・商業9・自由業4・その他43。この牧畜は大字上田の竹田氏が柏崎(かしわざき)村大字南吉田内の大字今浜共有林を明治38年借用して行っていたものである。昭和26年の産業従事別戸数は農業127・林業および狩猟業1,建設業6,製造業4,卸小売業16,金融・保険業2,運輸通信業1,サービス業に公務員2。昭和25年の1戸当たり平均農地面積は9反1畝,水田率は80%で後の押水町合併以前の5か村中最も高かったが反収はあまり高くなく,他産業もあまり振るわなかった。昭和29年北大海村・北荘村・末森村・柏崎村と合併して押水町となる。従来の6大字は同町の大字に継承された。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7088665 |




