柳一色村
【やないしきむら】

旧国名:美濃
(近世)江戸期~明治8年の村名。美濃国本巣郡のうち。一色村とも称した。長良(ながら)川支流中川右岸に位置する。低湿な水場地帯で牛牧(うしき)輪中のうち。天正年間には土岐氏の勢力下にあった。関ケ原の戦以後は,江戸期を通じて尾張藩領で,尾張国葉栗(はぐり)郡北方村代官所の支配地。村高は「慶長郷牒」「元和領知改帳」共に280石余で,以後幕末まで変化はない。明治5年の村明細帳によると,116石余とあり,家数21・人数84。往還掃除丁場はなく,八幡神社1社を記し,助郷は安八(あんぱち)郡墨俣(すのまた)宿へ出役。隣村の野田新田と同様,連年冠水による水田被害は多く,年貢・賦役の減免を嘆願し,これを認められていた。産物は米。明治4年岐阜県に所属。同8年,上橋本村と合併して稲里村となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7109136 |