保美
【ほび】

旧国名:三河
渥美(あつみ)半島西部に位置する。地名は,昔院の帝が褒めた地という説,天武天皇の頃当地に流罪となった麻続王のオミが転じたという説がある。保美貝塚(縄文後期・晩期~弥生時代)は明治末年以来人類学者や考古学者の来訪調査が続き,人骨や石器・土器類などが多数出土。応仁の乱を避けて大納言烏丸資任が当地に住み,文明14年逝去した。常光寺の年代記に「応仁元年烏丸殿九月八日出家,法名青誉」とある。
【保尾郷(中世)】 戦国期に見える郷名。
【保美村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【保美(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7123149 |




