西村
【にしむら】

旧国名:伊勢
伊勢平野北部,朝明(あさけ)川の中流域に位置する。地名の由来は,寛永13年に保々村を西村・市場村・中野村・小牧村の4か村に分離の際,その西方に位置したことによるという。当地には丸岡遺跡・朝倉城址などがある。丸岡遺跡は約4万m(^2)にも及ぶ縄文後期から鎌倉期にいたる遺跡。朝倉城址は西村城址・保々西城址とも呼ばれ,朝明川左岸の河岸段丘上に位置する。方域3町余の高丘で空濠・土塀・井戸,家臣団の館跡も残る。城主は朝倉備前守から兵部までの4代といわれ,永禄11年織田信長軍のため敗れ,中野城主中野藤太郎らとともに自刃。城主朝倉詮真の墓は市場町大樹寺にある(三重の中世城館・三重名勝志)。
【西村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【西村(近代)】 明治22年~昭和32年の保々村の大字名。
【西村町(近代)】 昭和32年~現在の四日市市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7128518 |




