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大江町
【おおえちょう】


(近代)昭和26年~現在の加佐郡の自治体名。当地方の中枢河守町に近隣の河守上・河西・河東・有路上・有路下の5か村を編入して発足。即日町名を西北境界に位置し鬼退治伝説で全国的に知られた大江山名にちなみ大江町と改称。大字は合併各町村の28大字を継承。同年の世帯2,334・人口1万1,724(合併10周年記念誌大江)。わが国の高度経済成長は当町住民の都市部転出を促したが,町誕生6か月前の昭和25年10月当町域内の2,378戸・1万1,816人が同50年10月には1,969世帯・6,948人とわずか25年間に41.2%減少。昭和45年の産業別就業者数は第1次産業2,116人(47%),第2次産業1,207人(27%),第3次産業1,179人(26%)。農業が主産業で,由良川沿岸の平坦地を中心に営まれ,米・茶・タバコ・栗・繭・牛乳・肉用牛・豚・鶏卵を生産するが,近年の農業衰退傾向は専業農家の減少,若年労働力の都市流出による就業者の老齢化をもたらし,営農指導の農業センター設立,畜産・養蚕・製茶の共同施設充実,特産物の育成などの振興策が進められている。林業は町総面積の80%を占める林野を有しながら開発は遅れており,植林,樹苗・花木類の生産がはかられている。工業は零細規模ながら繊維・機械器具・食品関係を中心として伸長し,同36年頃の事業所46・従業員250が同48年には事業所135・従業員869に増加して,町産業の主要部門に上昇しつつある。商業は商店街をもつ河守で主に営まれているが,町人口の減少に加え交通機関の発達による購買力の町外流出のためその経営は苦しい。町域を通過する道路は,由良川左岸を国道175号(明石舞鶴線),右岸を府道舞鶴福知山線が並行し,これに府道綾部大江宮津線が交差して当町の基幹道路を形成している。また交通機関は国鉄バス(福知山~二箇間),京都交通バス(舞鶴~福知山,福知山~宮津,綾部~河守間)の路線バスが運行。鉄道はかつて北丹鉄道が福知山~河守間を走っていたが同46年休業,現在,国鉄宮福線(宮津~福知山間)の敷設工事が進捗し開通のあかつきには当町の地域開発に大きく貢献するものと期待されている。昭和50年度一般会計当初予算は10億4,872万円であるが,町内に大企業を持たず,また町民の所得水準も高くないことから自主財源はきわめて乏しく,同49年度決算においても実に88%までが依存財源である。町の財政力は非常に弱いが,産業発展の諸策とともに小学校統合による完備した新校舎の建設,町立学校給食センターの設置,国保大江病院の改築・施設拡充,同60年度の普及率94%を目標とする上水道工事,たびたびの氾濫により住民生活の脅威となっている由良川の改修工事,さらには生涯教育をめざす社会教育の振興,社会福祉協議会を中軸とする活発な町民福祉活動など,住みよい町づくりのとりくみが積極的に推進されている(合併10周年記念誌大江・町勢要覧1975年版)。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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