太平寺
【たいへいじ】

旧国名:和泉
石津川の中流左岸に位置する。地名は,地内の太平寺にちなむ。応永25年9月25日の太平寺開眼供養職衆交名(法道寺文書/堺市史続編4)には「和泉国若松庄下条太平寺堂塔」と見え,若松荘下条に太平寺があったことがわかる。また,永正10年11月18日の菱木南明庵畠地売券(土師楠嘉文書/堺市史続編4)に,「大鳥郡若松庄下条大平後在之」と見え,地内の畠1反が,「堺南之庄部路源四郎」に売られている。なお,地内には,「延喜式」神名帳に「大鳥郡廿四座」の1つとして見える「鴨田神社」の跡がある。
【太平寺村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【太平寺(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7151094 |




