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畠中
【はたけなか】


旧国名:和泉

近木(こぎ)川下流右岸に位置する。地内の字長楽寺から長楽寺の瓦と推定される平安末期の古瓦片が発見されている。なお,塔婆の模様のある軒先丸瓦は,和泉独特の文様として注目されている。鎌倉期に源行家が隠れたとする在庁官人日向氏邸宅が当地にあったとされ,要家の屋敷内からは鎌倉初期頃の古瓦を出土するほか,源行家墓の刻名を有する五輪の供養塔がある。戦国期には集落を取り込んで塀をめぐらし,南面100余間・東西両面90余間・北面70間,本丸は要屋敷の近くで縦25間・横18間の畠中城があった。天正13年の羽柴秀吉の紀州攻めに際しては,要家の祖とされる神前要人の一族のほか,泉南全域にわたる土豪層ら3,500人がたてこもった。同年3月25日付小早川隆景宛の羽柴秀吉書状(小早川文書/大日料11-14)には,「畠中・積善寺……佐野以上六ケ城令退散候間」と見え,3月21日に落城している。
畠中村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
畠中(近代)】 明治22年~現在の大字名。
畠中(近代)】 昭和56年~現在の貝塚市の町名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7152889