中富
【なかとみ】

旧国名:播磨
中留とも書いた。加古川支流万願寺川中流左岸。地名の由来は,一説に加西郡のほぼ中央の万願寺川沿いの沖積小平野で,地味良く富裕な村ということから名づけられたという。古くより開け,字限図を見ても整然と区画され条里制の遺構を示し,中の坪・柿の坪・森ケ坪・前田坪の地名が残る。天正18年7月23日の水配分定書によれば,殿原村と中富村の間で井手について争いとなり,殿原村へ2日2夜,中富村へ1日1夜ずつ水を引くことが定められている(中田文書)。
【中富村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【中富(近代)】 明治22年~昭和42年の大字名。
【中富町(近代)】 昭和42年~現在の加西市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7161387 |




