中野?
【なかの】

旧国名:播磨
古くは中村といった。加古川支流万願寺川下流域。中村は赤松氏の一族,金鑵城主中村氏の苗字の地である。嘉吉の乱で滅亡した赤松氏の再興に功績のあった中村弾正忠貞友と家臣小谷与次が,討ち取った南朝河野宮忠義王の首を持ち帰り自分の領内に葬ったと伝える首塚が清慶寺境内に残る。清慶寺には正和3年2月29日銘の阿弥陀三尊種子板碑,嘉暦2年11月銘の石造宝篋印塔がある。
【中野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【中野(近代)】 明治22年~昭和42年の大字名。
【中野町(近代)】 昭和42年~現在の加西市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7161400 |




